Mr. Brightside

この間、仕事終わりに会社の人からドーナツをふたつもらった。
会社の喫煙所のベンチに腰掛けて、ぼんやりしながら食べる。
会社の先輩が仕事を終えてきて、思わず声をかけた。

" ねえ、わたしドーナツもらったの。
ふたつもらったから、良かったら… "

先輩はドーナツを受け取って、隣のベンチに腰掛けて、そして少しの間ドーナツを見つめてた。

" 俺、口の中からからなの。
これ食ったら、水分完全に持っていかれるよね。 "
そう言って、コーヒーを買いに行って戻ってきた。
久し振りにふたりで話した。
ミスドの100円セールで3つドーナツを買うならなにを選ぶか、とか、どこそこのケーキが美味しい、とか、どこそこのミスドはなんとかいうデザイナーが担当した、とか。
そして、時々、会話が途切れる。
けれど、それで良かった。
沈黙がわたしを襲っても苦しくならないことを覚えていたし、むしろ無理に話をしないで済む空気感が心地良かった。

父さんが迎えに来て、荷物をまとめる。

" お迎え? "
" うん、親父。また明日、かな? "

そう尋ねながら向けた視線の先に、彼のくりっとしたおめめ。
父さんの車に乗り込んでから、その瞬間に起きているはずだったわけのわからない感情に触れた。
くりっとしたおめめや、逆睫毛。
休日のたびに焼けていく肌。

ぎゅっとなる。
なにかが弾けてしまいそうで、苦しかった。

ーーーーー

今日、自部署の現場で事務処理。
彼はわたしのそばに来て、机に白いものを置いた。
先日貸したUSBだった。
 " The killers入ってるよ。 "
そう言って。
嬉しくて仕方がなかった。
わたしが好きなバンドを覚えていてくれたこと、こうして好きな音楽のやり取りができること。
他の誰も気づかないように。
彼はそんなつもりはないのだろうけど、わたしたちが受け渡しをするのは、いつだってある程度人がはけた後の現場だった。

それから間もなく、他の現場の人達はみんな帰ってしまって、フロアには彼とわたしだけだった。
少しプロレスの話をした。
中邑がWWEに行ってることを知ったこと、ジェリコとの試合のこと…。

仕事を終えて、彼の方が先に事務所を出て、けれど外に出るのはわたしの方が早くて。
後ろから声がしたような気がしたけど、知らぬふり。
隣に人影が現れて

" お疲れさま "

そう言った。
わたしも同じ言葉を返す。
わたしの左側を歩く。
なにも話さない。
わたしが喫煙所に腰掛けて、彼はわたしを見た。
彼はそのまま少し歩いて、ほんの一瞬、本当に少しだけ、後ろを見た。
そして、そのまま車に乗り込んでいった。

見慣れた後ろ姿。
わたしの大好きな背中。

そして、もはや何度目か分からないことを思う。


 " 今度タイミングが合ったら "